
なぜそう思うかというと、この本は、フィクションなのか、歴史に基づいた話なのか、よくわからなかったからです。そして、冗談のつもりで書いたかもしれませんが、なぜか私には面白くなかったのです。私には、彼の冗談が伝わらなかったのかもしれません。最初に読んだ彼の小説なので、(リフキさんにも強く薦められた)少し期待していました。しかし、空しかったです。(ちょっと、言いすぎ?)
→ 筆者の一言がないことです。
多くの小説は、最後のページに筆者の一言があります。筆者がどのにしてこの話を書いたか、何を考えて書いたか、これらがあったら、少し筆者の考えを理解できたかもしれません。「フィクション」なら、「フィクション」、または、「歴史に基づいた話」なら、そう書いてほしかったです。「歴史に基づいたが、おもしろくするために、付け加えた」なら、そう書いてほしかったです。付け加えることは悪いことだと言っていません。ただ、はっきりと説明してほしかったです。私のような、マレーの歴史についてあまり知らない人は、この本を読んで、少し混乱してしまったのです。「この本の内容は、冗談にすぎない」と書いてくれれば、私もそのつもりで読んで、楽しめたと思います。
いくら有名な小説家でも、小説の最後(または最初)のページに、小説家の一言が大事だと思います。Ramlee Awang Murshidの小説にはきちんと書いてあるようです。John Grishamの小説だってそうです。それによって、読者は、これから(または読んだあと)どんなことについて読むか、(または読んだか)自分の中で整理できると思います。筆者は、こんな意図または、こんな思いで書いたんだとか、伝わると思います。この小説は、それが欠けているので、もったいないと思います。すばらしい小説家だったのに。
★★
少し厳しいね。ごめんね。
2009年の23冊目
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